Estadio Campeón del Siglo - エスタディオ・カンペオン・デル・シグロ

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メインスタンドから撮られた画像

フルネーム Estadio Campeón del Siglo
所在地 Bandera de Uruguay モンテビデオ, ウルグアイ
座標 34°47′48″S 56°04′02″O座標: 34°47′48″S 56°04′02″O (地図)
所有者 CAペニャロール
技術的相談
ピッチ 天然芝
ピッチサイズ 105 x 68m
非強制収容人数 40,005人
建設データ
費用 推定40,000,000米ドル​
完成 2014年2月10日
開場 2016年3月28日(3歳時)
デザインチーム
建築者 ルイス・ロドリゲス・テジャード建築事務所​
ホームチーム
Bandera-club-atletico-penarol.png CAペニャロール
公式ホームページ
https://www.peñarol.org

 

エスタディオ・カンペオン・デル・シグロは、ウルグアイのCAペニャロールが所有するフットボール専用スタジアム。モンテビデオのバニャードス・カラスコ地区に位置し、国道102号線のマンガンガー道とロス・シエテ・セロス道に挟まれた場所にある。 収容人数は40,000人で全面座席付き、内訳はスタンド36,000人にパルコ席4,000人。スタンドは4つあり、北側は「フランク・ヘンダーソン」、南側は「ホセ・ペドロ・ダミアーニ」、西側は「ワシントン・カタルディ」、東側は「ガストン・ゲルフィ」と名付けられている。いずれもクラブの歴史に功績を残した役員の名前である。 

建設を支援したのはウルグアイのスポーツ映像制作会社テンフィエルドと、同社と取引関係にあるウルグアイ東方共和国銀行からの融資。見返りに向こう15年間、東方共和国銀行はスタジアムの名前を自社のビジネスに使用できる権利をCAペニャロールから得た。​

建設過程

建設中のメインスタンド(下)と設計画像(上)
スタジアムはルタ102のマンガンガ道とロス・シエテ・セロス道に挟まれた場所に建設される事が決まった。バニャードス・デ・カラスコ地区の南の敷地面積15ヘクタールの土地である。敷地のすぐ外に国道、ソナメリカ公演、カラスコ国際空港がある。
建設計画のプロジェクトコードは「エスタディオ・ペニャロール」で、CAペニャロールの唯一の株主である企業法人「スポーツ複合施設とペニャロール文化株式会社」が完全な主導権を握った。
105m×68mサイズの大型映像装置がピッチレベルに備え付けられ、70人収容の会議室、クラブ本部事務所、ミュージアムなどCAペニャロールの拠点と呼ぶにふさわしい内部構造になっている。これらの設計にはFIFAからのアドバイスも得た。パルコは107個あり、1スペース当たり16人、計2,660人を収容する。メインスタンドと付属パルコで9.444人収容、バックスタンドと付属パルコで11,440人を収容。両ゴール裏はそれぞれ8,380人収容である。
2013年初頭にクラブは東方共和国銀行から貸し付けを受け、モンテビデオ市庁の監督を受けることになった。同年12月13日のセレモニーで礎石が置かれ、2014年の年明け早々から建設が始まった。
エスタディオ・カンペオン・デル・シグロの設計図

着工から9か月が経過した2015年9月、建設作業全体の75%が完了していることが分かり、2016年の初旬ごろには完成にこぎつけるだろうという目途が立った。その後さらに「2016年3月完成」と詳細な時期が特定された。カンペオン・デル・シグロの建設にはウルグアイを代表する主要な企業が参加した。土地取得交渉と建設にサセーム社、交渉計画作りにCPAフェレーレ社、資金集めにPROカピタール社、マーケティングと宣伝担当はヤング&ルビカム・ブランド社、建築と設計にはルイス・ロドリゲス・テジャード建築事務所、構造計算作業にCyDインヘニエロス社、音響効果にEIA社、通信設備にボリス・ゴウロウビンステッフ社、終始見積もり作業にチフラ社が当たった。

 

名称の公募

インターネット上でスタジアムの名称を公募したところ、「グロリオソ・ペニャロール」と「エスタディオCURCC」などの候補も挙がったが、大多数のインチャは「カンペオン・デル・シグロ」を支持した。
カンペオン・デル・シグロ(20世紀の王者)という名前は20世紀末にクラブが主催したイベントから使われるようになった自称(美称)で、国際サッカー歴史記録統計学会がペニャロールを20世紀南米最高のクラブに選んだことなどが根拠である。ちなみに同学会がこれを発表した5月10日は、ペニャロールのクラブ祝日「20世紀王者の日」とされている。

設備

収容人員は45,000人で、スタンドは4つ。トリブーナ・フランク・ヘンダースン(北)、トリブーナ・ホセ・ペドロ・ダミアーニ(南)、トリブーナ・ワシントン・カタルディ(西)、トリブーナ・ガストン・ゲルフィ(東)は全て歴代会長の名前から命名された。東西のスタンドがポプラル(ゴール裏)で、南がファミリアル(バックスタンド)、北がオフィシアル(メインスタンド。全面座席付き)である。会長によれば各スタンドの名は役員会ではなく85,000人のソシオの合意に基づいて決められたものだという。
メインエントランスの前には1950年代ものの蒸気機関車が展示されており、ペニャロールとCURCCの歴史が鉄道会社に起源を持つことをアピールしている。ペニャロールに役員を送っていた事のあるAFE(アドミニストラシオン・フェロカリレス・デル・エスタード。1952年設立の国鉄)、CEFU(ウルグアイ鉄道研究学会)、AUAR(ウルグアイ鉄道保存愛好者会)はいずれもこの歴史的資料価値の高い機関車の展示権についてペニャロールに異議を申し立てた。
2016年2月にローカルTV局がスタジアム前から中継した番組で、カンペオン・デル・シグロ内部のCAペニャロール本部事務所、ミュージアム、関係者以外立ち入り禁止の場所、VIP用ルーム、70人収容の会議室、ローカル企業の広告スペース、自動車とバイクの駐車場などが公開された。

開場

開場イベントに登場した楽隊の列
2016年2月1日、カンペオン・デル・シグロ開場記念イベントの詳細が発表された。イベントの名前は「ラ・フィエスタ・デル・シグロ」で、開催日は3月27日。総勢400人のアーティスト、ネストル・ゴンサルベス、フェルナンド・モレーナ、ワルテル・オリベーラを始めとしたペニャロールOBが出席し、悪天候の場合は3月30日に順延することもまた決定された。
3月28日は前年度コパ・リベルタドーレス優勝のアルゼンチンのCAリーベル・プレートを招いて親善試合を行うことが決まった。リーベルはこの試合では控え組中心のメンバーで対戦する事をあらかじめペニャロール側に予告したが、しかし実際に蓋を開けてみるとマルセロ・ガジャルド監督はこの時期におけるベストメンバーを先発させた。試合はディエゴ・フォルランがエスタディオ・カンペオン・デル・シグロ初ゴールとなる先制点をホームチームにもたらし、4-1でペニャロールが勝った。カンペオナート・ウルグアージョ公式放送権を持つテンフィエルド社は、この試合のチケットが34,000枚売れたと報じた。
 
その一方で、初の公式戦は4月9日土曜日に行われた。ペニャロールは2015-16後期第8節でダヌービオFCをカンペオン・デル・シグロに迎え、2-1で勝った。最初の公式戦得点者になったのは、ニコラス・アルバラシンであった。

オープン記念試合

Flag of Uruguay.svg
CAペニャロール
4 - 1 Flag of Argentina.svg
リーベル・プレート
2016年3月28日, 22:30 (UTC-3)
エスタディオ・カンペオン・デル・シグロ, モンテビデオ — 観客数未発表
パルティード・インアウグラル
   1 POR Bandera de Uruguay ガストン・グルセアガ Salió a los 46 minutos 46'
  15 DEF Bandera de Uruguay マキ・オリベーラ
   2 DEF Bandera de Uruguay ギジェルモ・ロドリゲス Salió a los 24 minutos 24'
  23 DEF Bandera de Uruguay カルロス・バルデス Capitán Salió a los 46 minutos 46'
  13 DEF Bandera de Uruguay マティアス・アギーレガライ
  14 MED Bandera de Uruguay ルイス・アギラール Salió a los 61 minutos 61'
  28 MED Bandera de Argentina トマス・コスタ Salió a los 46 minutos 46'
  25 MED Bandera de Uruguay ナイタン・ナンデス
  11 DEL Bandera de Uruguay マキシ・ロドリゲス Salió a los 46 minutos 46'
  29 DEL Bandera de Colombia ミゲル・ムリージョ Salió a los 46 minutos 46'
  10 DEL Bandera de Uruguay ディエゴ・フォルラン Salió a los 69 minutos 69'
D. T. Bandera de Uruguay ホルヘ・ダ・シルバ
   1 POR Bandera de Argentina マルセロ・バロベロ Capitán Salió a los 10 minutos 10'
  20 DEF Bandera de Argentina ミルトン・カスコ
   3 DEF Bandera de Colombia エデル・バランタ Salió a los 85 minutos 85'
  23 DEF Bandera de Argentina レオ・ポンシオ
  18 DEF Bandera de Uruguay カミロ・マジャーダ
  22 MED Bandera de Argentina ダレッサンドロ Salió a los 46 minutos 46'
  26 MED Bandera de Argentina イグナシオ・フェルナンデス Salió a los 46 minutos 46'
  14 MED Bandera de Argentina ホアキン・アルスラ
   5 MED Bandera de Argentina ニコラス・ドミンゴ Salió a los 46 minutos 46'
  13 DEL Bandera de Argentina ルーカス・アラーリオ Salió a los 46 minutos 46'
   7 DEL Bandera de Uruguay ロドリゴ・モラ Salió a los 46 minutos 46'
D. T. Bandera de Argentina マルセロ・ガジャルド
交代
   4 Defensa エミリオ・マクエアチェン Entró a los 24 minutos 24'
  12 Guardameta ダミアン・フラスカレッリ Entró a los 46 minutos 46'
   6 Defensa ディオゴ・シルベストレ Entró a los 46 minutos 46'
   5 Centrocampista マルセロ・ノビスク Entró a los 46 minutos 46'
   7 Centrocampista エルナン・ノビスク Entró a los 46 minutos 46'
  26 Delantero マウリシオ・アフォンソ Entró a los 46 minutos 46'
  16 Centrocampista フェデリコ・バルベルデ Entró a los 60 minutos 60'
   3 Defensa ファブリシオ・ブスチアッソ Entró a los 60 minutos 60'
  30 Delantero クリスティアン・パラシオス Entró a los 69 minutos 69'
  33 Guardameta フリオ・チアリーニ Entró a los 10 minutos 10'
   8 Centrocampista ニコラス・ベルトーロ Entró a los 46 minutos 46'
  27 Centrocampista ルイス・ゴンサレス Entró a los 46 minutos 46'
  17 Delantero タバレ・ビウデス Entró a los 46 minutos 46'
  32 Delantero セバスティアン・ドリウッシ Entró a los 46 minutos 46'
  19 Delantero イバン・アロンソ Entró a los 46 minutos 46'
  28 Defensa レアンドロ・ベガ Entró a los 85 minutos 85'
ゴール
Anotado en el minuto 19 19'
Anotado en el minuto 40 40'
Anotado en el minuto 49 49'
Anotado en el minuto 72 72'
ディエゴ・フォルラン
ミゲル・ムリージョ
ルイス・アギラール
クリスティアン・ゴンサレス
1:0
2:0
3:1
4:1
Anotado en el minuto 43 43' イグナシオ・フェルナンデス 2:1
イエローカード
Amonestado en el minuto 20 20' ディエゴ・フォルラン
審判団
主審 Bandera de Uruguay アンドレス・クーニャ
副審 Bandera de Uruguay カルロス・パストリーノ
Bandera de Uruguay マウリシオ・エスピノサ
第四審判 Bandera de Uruguay クラウディア・ウンピエレス
公式記録

節目のゴール

Gol フェチャ フガドール エキポ 結果 リバル コンペティシオン
1 28/03/2016 Bandera de Uruguay フォルラン (1–0, Anotado en el minuto 19 19') ペニャロール Bandera-club-atletico-penarol.png 4 – 1 600px Bianco con diagonale Rossa.png リーベル 開場記念試合
50 24/06/2017 Bandera de Uruguay クリスティアン・ロドリゲス (3–0, Anotado en el minuto 78 78') ペニャロール Bandera-club-atletico-penarol.png 4 – 1 600px Verde e Bianco.svg プラサ・コロニア 2017中期第5節
100 2018/5/23 Bandera de Uruguay ファブリシオ・フォルミリアノ (1–0, Anotado en el minuto 1 1') ペニャロール Bandera-club-atletico-penarol.png 3 – 0 600px Verde e Rosso.png ボストン・リーベル 2018中期第1節
150 ? Bandera de ? - ペニャロール Bandera-club-atletico-penarol.png - Bandera de ? ? ?

幻に終わったプラン

ペニャロール所有のエスタディオ・ホセ・ペドロ・ダミアーニ(1916年開場)
カンペオン・デル・シグロ以前にも、ペニャロールは新ホームスタジアム建設を複数企画したことがあったが、全て実現に至らなかった。1933年に「マンジャ」という建築チームがモンテビデオのランブラ区にある、現在古代ギリシャ様式の半円型劇場「テアトロ・デ・ベラーノ・ラモン・コジャーソ」(1956年開場)が建っているのと同じ場所に新ホーム建設案を考えた。これが企画倒れに終わってから半世紀以上経過した1998年、ペニャロールはジャンナッタシオ通りに新ホームスタジアムを建設する案を発表したが構想の域を出なかった。いずれの計画でも収容人数は約4万人を想定していた。ペニャロールは公式戦の大多数をAUF所有のセンテナリオで開催していた為、入場料収入から常にスタジアム使用料金を差し引かれ続けていた。これは自前のスタジアムを持つナシオナルに対するコンプレックスとなり、何度企画倒れに終わっても自前の本拠地建設の機運は途絶えることが無かった。

パルケ・ロド内への建設案

これはペニャロールの歴史上最初の自前のホームスタジアム建設構想とされている。1933年の会計報告書には実際に着工した際の見積もりが含まれていて、「我々はエスタディオ・デル・パルケ・ロドは間もなく我々の現実的計画となる」という記述もあり、本気で建てるつもりであったことがうかがえる。収容人員は3万人を想定し、バスケットボール、自転車競技、ボクシング、バレーボールの施設も含むスポーツコンプレックスにする考えだったらしい。しかしアルベルト・デミーチェリ会長は基礎工事に着工する費用すら調達することが出来ず、断念してしまった。デミーチェリ会長は1934年5月に解任され、ラファエル・ベセにその席を譲った。

エスタディオ・ダミアーニ=ムーア計画

この計画は2005年から始動した。モンテビデオ郊外のカネローネスが建設予定地で、収容人員は32,500人を予定していた。設計はセンテナリオのミニサイズのようなもので、両ゴール裏がセメント製とされた。メインスタンドとバックスタンドの名称は歴代会長や役員ではなくお選手の名前が想定されており、具体的にはオブドゥリオ・バレーラ、フアン・スキアフィーノ、フェルナンド・モレーナ、パブロ・ベンゴエチェア、ディエゴ・アギーレ、アルベルト・スペンセル、ラディスラオ・マズルケヴィッチなどが候補に挙げられた。

パルケ・フランクリン・ルーズベルト計画

2011年にパルケ・フランクリン・ルーズベルト内に新ホームスタジアムを建てる計画が浮上した。見積もりでは総費用は130万米ドル、収容人員は35,000人を想定していた。カネローネスの自治体公文書ではこの建造物が土壌に悪影響を与えることが懸念されていたが、クラブは建設が始まってもいないのに落成記念試合のチケット売り上げを25,286枚も見積もってしまった。​しかし、仮にその土地(カネロネス県庁に寄贈された公園として機能していた)が建設候補地となった場合に、市民生活に与える悪影響が懸念された。また近隣住民立ち退きも必要になるかもしれず、結局これは断念され別の候補地探しが始まった。

既存スタジアムの買収計画

スタジアム建設計画が複数浮上しては頓挫していた時期の1993年、ペニャロールは初めて既存のスタジアムを買い取って自前のホームにするという発想を生み出した。第一候補はモンテビデオの自治体が所有するサッカー・ラグビー兼用のエスタディオ・チャルーアで、引き換えにエスタディオ・ホセ・ダミアーニを市に引き渡そうとしていた。2001年にもペニャロールはこの計画を再度検討し、チャルーアの収容人数を10,000人から30,000人まで拡張し、30年間を期限として借りるという構想が持ち上がっていた。
また、エスタディオ・センテナリオ改修計画の噂も流れ続けている。可能性としてはウルグアイサッカー協会、ウルグアイオリンピック委員会、モンテビデオ市庁の全面協力が必要であり、現状はまだ構想の域を出ていない。

情報源

  1.  Estadiocap.com.uy
  2. «El Observador» Archivado desde el original el 3 de diciembre de 2013
  3. Observador
  4. «El Campeón del Siglo quedó habilitado para la Copa Libertadores; fue aforado en 40.700 lugares» Tenfield.com 12 de abril de 2016
  5. El costo del Estadio está dentro de los parámetros aprobados
  6. «Comenzó la construcción del nuevo Estadio de Peñarol» Archivado desde el original el 27 de diciembre de 2015
  7. Arq. Luis Rodriguez Tellado & Asoc. - Proyecto Estadio Club Atlético Peñarol
  8. ElPais «El Campeón del Siglo nominado a estadio del año con varios de Europa» Diario EL PAIS Uruguay
  9. Tenfield empuja el estadio de Peñarol
  10. Tenfield será el que negocie el nombre del estadio
  11. Partido Colorado (ed.) «Proponen hacer estadio aurinegro en Peñarol. Edil sostiene que la IMM debe respaldar obra en Montevideo» Archivado desde el original el 1 de octubre de 2015
  12. «No al Estadio de Peñarol en el Parque Roosevelt, Sí al Estadio de Peñarol en el Barrio Peñarol»
  13. http://www.ovaciondigital.com.uy/futbol/penarol-estadio-obras.html
  14. Ubicacion y padrones del Estadio de Peñarol
  15. Complejo Deportivo y Cultural Peñarol S.A.
  16. (6 de noviembre de 2013)«El Banco República premia el proyecto del estadio de Peñarol»
  17. «Peñarol colocó la piedra fundacional de su estadio» Archivado desde el original el 24 de diciembre de 2013.
  18. El estadio de Peñarol toma color: el verde césped ya empieza a brillar y el sueño del hincha carbonero es una grata realidad…
  19. «La nueva casa de Peñarol tiene nombre» 27 de enero de 2016
  20. «Entrada Peñarol 108 años»
  21. El Observador, ed. (15 de abril de 2012) «¿Quién es el campeón del siglo?»
  22.  180.com.uy, ed. (18 de abril de 2012) «Peñarol crea el Día del Campeón del Siglo»
  23. «El nombre de las tribunas estará en manos de los socios»
  24. «Peñarol ya tiene los nombres de las tribunas de su estadio» Espectador.com 23 de febrero de 2016
  25. «Jerarca de AFE gestionó entrega de tren a Peñarol, club del cual es dirigente» El Observador 18 de marzo de 2016
  26. El País (1 de marzo de 2016) «Estadio Uno salió desde el Estadio Campeón del Siglo»
  27. «Se suspendió la inauguración del Campeón del Siglo»
  28. «Dos días de fiesta inaugural» Ovación 1 de febrero de 2016
  29. «Peñarol inaugurará su estadio el 28 de marzo ante River de Argentina» Subrayado. 1 de febrero de 2016
  30. El Observador (25 de marzo de 2016) «River vendrá con suplentes a jugar con Peñarol»
  31. «Diego Forlán, gol para la historia» Tenfield 28 de marzo de 2016
  32. El Observador (28 de marzo de 2016) «Seguridad de Peñarol: "No se invitó" a barras de Estudiantes y Boca» «"Incluso, el dirigente destacó que el organizador del espectáculo no es el club, sino la empresa Tenfield."»
  33. El Observador (25 de marzo de 2016). «Quedan 6 mil entradas para la inauguración del estadio».
  34. LR21 (9 de abril de 2016). «Peñarol venció a Danubio en el primer partido oficial del Campeón del Siglo»
  35. auf.org.uy (9 de abril de 2016) «Peñarol 2-1 Danubio»
  36. Las maquetas aurinegras
  37. Un gigante
  38. Tener estadio propio es el sueño de todo peñarolense
  39. Peñarol presentó el proyecto para su estadio en el Parque Roosevelt
  40. Top 10 - Estadios que no fueron

 

 


翻訳元最終更新
es.wikipedia:Estadio Campeón del Siglo 16:41 2 oct 2019 (UTC)
de.wikipedia:Estadio Campeón del Siglo 14:17, 23. Sep. 2019‎ (UTC)
en.wikipedia:Estadio Campeón del Siglo 17:58, 20 September 2019 (UTC)
hr.wikipedia:Stadion Campeón del Siglo 17:58, 13. svibnja 2016.‎ (UTC)
it.wikipedia:Stadio Campeón del Siglo 11:52, 19 giu 2019 (UTC)
nl.wikipedia:Estadio Campeón del Siglo 23 sep 2018 20:22 (UTC)
pt.wikipedia:Estádio Campeón del Siglo 02h38min de 9 de maio de 2019 (UTC)
ru.wikipedia:Кампеон-дель-Сигло 23:26, 2 июля 2018 (UTC)
uk.wikipedia:Кампеон-дель-Сігло 04:42, 15 квітня 2019 (UTC)